日月潭文武廟

台灣南投縣魚池鄉中正路63號

Tuesday, Nov 21st

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第九十六籤 山濤、王衍に会う(癸己、上吉)

婚姻子息莫嫌遲(婚姻は遅きことを嫌うなかれ、)

但把精神仗佛持(ひたすら精神を集中し神仏に祈るべし。)

四十年前須報應(四十年前に既に果報あり。)

功圓行滿育馨兒(仏道に励めば、子に恵まる。)

【典故】晋国の山涛は字を巨源といい、河内懐の人であった。その器量は、抜きん出ており、若い頃には阮藉とともに竹林の七賢に数えられた。武帝の時に、吏部尚書の職に就き、人事の職務を担当した。王衍が若い時、山涛は王衍を見出して「こんな老婦人がどうしてこんな立派な子を産むことができたんだろう。この子は、天下の若者を薫陶し、育ててくれるのは、きっとこの子に違いない」と言った。王衍は字を甫という。晋陽の人である。姿は立派で背が高かった。役職は司徒まで昇ったが、後、石勒に殺された。

【聖意】訴訟は且つ。遅く行ってこそ吉。病は次第に癒える。縁談はまとまる。年を取ってから子宝に恵まれる。出ていった人は、まだいつ帰ってくるか分からない。

【解説】子の結婚が遅いことを悲しむ必要はない。平常心を以って神仏に祈れば、40歳までに、きっといい報いがあり、功徳が満ち、立派になるであろう。

蘇東坡は「計画を望んでも実現するのは遅いが、功と名の二つの助けがあれば、平生どれだけ努力しているかによって、遅い報いではあるけれど、何でも成功する」と言う。友人の張氏は、品格多角、人となりは穏やかだったが、なかなか縁談がまとまらなかった。38歳になってやっとお仲人を立ててまとまり、翌年には長男を得、家族はとても円満であった。結婚の前に、この籤を引いたが、正に籤のお告げのとおりになった。