日月潭文武廟

台灣南投縣魚池鄉中正路63號

Tuesday, May 30th

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第九十七籤 買臣、五十にして富貴を得る(癸庚、上上)

五十功名心已灰 (既に五十なれば、功名心は潰える。)

那知富貴逼人來(いずくんぞ、富貴のまさに来たらんとするを知るや。)

更行好事存方寸 (更に好事を行わば、)

壽比岡陵位鼎台(長寿して、幸運、訪れん。)

【典故】漢の朱買臣は會稽の人である。家は貧しく、薪を売って暮らしの糧を得ていた。詩を作り、書を諳んじ、勉学に励み、機会が訪れるのを待っていた。しかし妻はこれを恥じて、出ていこうとした。そこで買臣は「私は五十になること、富貴を得ることができるであろう。すぐにお前の恩に報いるであろう」と言った。しかし妻は聞き入れず、農夫のもとへ行った。果たして買臣は五十になると、會稽の太守となった。妻は農夫の夫と道を整備して役人を迎えた。買臣は車を止めさせて、夫婦を車に乗せ、連れて行き、屋敷の中で、一か月もてなした。妻は恥じて自尽してしまった。朱買臣は葬式を出すよう、農夫の夫に金を渡した。

【聖意】訴訟は和解する。名は成せる。財産は次第に貯まる。病はよくなる。子宝に恵まれる。縁談は並。出ていった人は戻ってくる。計画は希望のままになる。

【解説】人も五十になれば、功名心も萎えて来る。しかし、ひとたび運が巡ってくれば、富貴が押し寄せて来る。よい心を保ち、よい行いを続けてさえいれば、長生きでき、身分も高くなる。この籤は非常に縁起がよく、縁談はまとまり、財運も高まり、病は落ち着き、男の子に恵まれる。功名は遅いと雖も、とても貴い。よきことを多く行えば、何でも思いのままである。蘇東坡解は「功名の進退は、ひとたび時機に遇えば、富貴、人に押し寄せる。よきことに基づき、よきことを為し、互いに助け合えば、長寿にして高官を得ん。これまでの時を大いに上回る」という。碧仙は「天に目あれど、人は知る能わず。善悪の報いは、その行いによる」と言う。以前、科挙の試験を受けようと思い、この籤を引き当てた。合格できず、帰らずにいたが、四十九歳の翌年に亡くなったが、第一句の通りになった。またもう一人は、五十歳にして功名が得られると籤にでたが、この年、実際にえられ、第二句の通りになった。であるから、この籤詩で、功名を占えば、五十を越えたものには吉であるが、そうでなければよくない。